名古屋地方裁判所 平成11年(ワ)622号 判決
原告 A
右訴訟代理人弁護士 石原真二
同 北口雅章
被告 小室好一
右訴訟代理人弁護士 松本みどり
同 岡田隆志
同 加藤済仁
右訴訟復代理人弁護士 桑原博道
主文
一 被告は、原告に対し、金四五五万八五〇〇円及びこれに対する平成一〇年五月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを四分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する平成一〇年五月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、美容外科の医師である被告から頬・頸部フェイスリフト手術という美容整形手術を受けた原告が、その結果側頭部に瘢痕が残存し、このため日本舞踊師範業を休業せざるを得なくなったなどとして、被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償として、治療費、逸失利益、慰謝料等を請求した事案である。
一 争いのない事実
1 原告は、美容外科の医師である被告から、名古屋市中村区所在のコムロ美容外科(以下「名古屋診療所」という。)において、平成一〇年四月一八日、カウンセリングを受け、同月二七日診療費一六四万八五〇〇円を支払った上、同年五月五日、被告の執刀で、頬・頸部フェイスリフト手術(以下「本件手術」という。)を受けた。
2 原告に施行された本件手術は、頬・頸部の皺・弛みを除去することを目的として、左右のこめかみ少し上の側頭有髪内から、耳前部、耳垂部、耳介後部、耳介後部上の有髪部内を順に皮切し、さらに耳介後部上の有髪部内を頸部に向かって皮切した上で、側頭部、頬部、頸部、耳後部の皮下剥離を行い、余剰部を切除して縫縮するというものであった。
3 原告は、同月一二日、名古屋診療所において抜糸を受けたが、左右の耳前部及び耳後部にかけて瘢痕が残存している。
二 争点
1 本件手術に至る経緯等について
(原告の主張)
原告と被告とは、平成一〇年四月一八日、名古屋診療所において、本件手術を施行する旨の診療契約(以下「本件診療契約」という。)を代金合計一六四万八五〇〇円の約定で締結し、それに基づいて本件手術が行われた。
(被告の主張)
原告が、本件診療契約を締結した相手は、被告ではなく、名古屋診療所であり、その開設者である村石世志野医師である。被告は、名古屋診療所の被用者であるにすぎない。
2 担保責任ないし不完全履行責任について
(原告の主張)
(一) 本件診療契約締結の際、被告は原告に対し、手術後、頭髪を後ろで束ねた場合においても、外見上傷跡が残らないことを保証した。
(二) 美容整形手術は、他の診療契約と異なり、必要性や緊急性を有するものでなく、手術痕が残ることを受忍してまで受ける必要がない。また、美容整形手術を受ける者は、通常その事実を他人に明らかにしないことを前提としている。したがって、契約当事者の合理的意思解釈として、美容整形手術においては、少なくとも一見して手術を受けたことが分かるような傷跡を残さないことが契約の本旨となっている。
(三) よって、本件診療契約は請負契約に準じるものであるところ、本件手術の結果、争いのない事実3記載のとおり、原告の左右の耳前部及び耳後部にかけて瘢痕が残存しているので、被告は、本件診療契約に基づく担保責任(民法六三四条二項準用)ないし債務不履行(不完全履行)責任を負う。
(被告の主張)
(一) 被告が原告に対し、本件診療契約締結の際、外見上傷跡が残らないことを保証したことは否認する。
(二) 美容目的であったとしても、診療は人間の体を扱う以上、その結果を請け負いあるいは保証するものではあり得ない。被告は、手術の結果には個人差があり、仕上がりの説明は大体の予測であり、主観的な一〇〇パーセントの出来映えの要求には応じられず、手術結果を絶対保証するということはできないと説明している。
(三) よって、本件診療契約の法的性質を請負契約に準じるものと考えることはできないし、本件手術は、本件診療契約の債務の本旨に従って行われたものである。
3 説明義務違反について
(原告の主張)
(一) 一般に美容整形手術は他の医療行為に比してその緊急性、必要性が乏しく、またその目的がより美しくありたいという受診者の主観的願望を満足させるところにあることからして、被告は本件診療契約締結に際して、手術の方法、手術の効果、術後の経過、手術失敗の危険性、後遺障害・術後の合併症の可能性・危険性等につき周到な説明をし、受診者の自己決定に必要かつ十分な判断材料を提供すべき義務がある。
(二) 以下のとおり、被告は、本件診療契約の締結に際し、原告への説明を怠った。
(1) 本件手術の切開部は、有髪部に限らず両耳の全域に及ぶにもかかわらず、それが側頭部有髪内に限られるとの説明をした。
(2) 外見上、手術の痕跡を残す危険性があったにもかかわらず、傷跡が残らない旨説明した。
(3) 手術時間が約九時間を要するものであり、術後も一か月程度は切開部をテープ固定し吊り上げ状態を維持する必要があるにもかかわらず、手術時間は一時間二〇分程度である旨説明した。
(4) 本件手術においては、術後合併症として血腫、脱毛等が生じる可能性があるにもかかわらず、その説明をしなかった。
(三) よって、被告は説明義務違反による本件診療契約の債務不履行又は不法行為責任を負う。
(被告の主張)
(一) 説明義務違反の事実は否認する。
(二) 被告は、本件診療契約締結前に、原告に対し、カルテに書いた図を示しながら以下のとおりの説明をした。
(1) 本件手術に際しては、切開線はどうしても耳の前を通らざるを得ない、そうでなければ耳が邪魔になって皮膚の吊り上げができないこと
(2) 本件手術の切開線が、こめかみ付近の髪の生え際から二ないし三センチメートルくらい上の髪の中辺りから始まり、下に降りて耳の前を通り、耳の輪郭に沿って耳の下側を周り後ろ側に至ること
(3) 術後一か月はテープ固定が必要であること
(4) 本件手術が皮膚及び皮下組織の吊り上げを内容とする以上、術後多少のつっぱり感が残ること
4 損害について
(原告の主張)
(一) 治療費 合計 二五四万八五〇〇円
(1) 被告に支払った治療費 合計 一六四万八五〇〇円
(2) 将来の治療費(本件手術の瘢痕の治療のために要する形成手術費用) 九〇万円
(二) 逸失利益 一六三八万六〇〇〇円
本件手術当時、原告は、日本舞踊の師範として弟子六七名に対し、月額一万円の謝礼で日本舞踊を教授しており、月額五〇万円を下らない収入を得ていた。
ところが、本件手術による瘢痕を弟子にさらすことによる精神的苦痛と治療の必要から、右師範業を一時休業のやむなきに至った。今後治療のために最低一年の休業は避けられないところであり、休業中に離れていく弟子がいることを考慮すれば、三年分の営業損失を本件手術と相当因果関係のある損害とすべきである。
右年収に対し右期間の中間利息を新ホフマン係数で算定すると逸失利益は次のとおりとなる。
6,000,000×2.731= 16,386,000
(三) 慰謝料 三〇〇万円
原告は、本件手術による瘢痕を弟子にさらすことへの羞恥心から、師範業を休業せざるを得ないほどの精神的苦痛を受けており、肉体的苦痛としても両耳の切開創の疼痛と痒み、右頬の痺れを覚えており、これら苦痛を慰謝するには右金員をもってするのが相当である。
(四) 弁護士費用 六〇万円
被告が、任意に右賠償に応じないため、原告は弁護士に委任して本件訴訟を追行せざるを得ず、原告代理人に右金員の支払を約した。したがって、右金員は被告の不法行為と相当因果関係のある損害として、被告が賠償すべきである。
(被告の主張)
(一) 損害額については争う。
(二) 将来の治療費について
本件手術後の腫れは、月日を経れば目立たなくなる性質のものであり、新たな形成手術の必要は認められない。また、術後の経過観察のために、名古屋診療所が原告に対し本件手術後から再三受診を勧めているにもかかわらず、原告は手術後二か月近くを経てからようやく受診したものであり、瘢痕が残っているとしても、それは原告が受診しなかったためである。
(三) 逸失利益について
手術前の原告の月収は二〇万円程度である。
また、手術後三年間の年収がゼロということは考えられない。
第三争点に対する判断
(以下の認定の用に供した甲第二、第一四号証を除く甲、乙号各証は弁論の全趣旨によって真正に成立したと認めることができ、甲第二、第一四号証の各写真の撮影日時、撮影場所及び対象物は同じく原告の主張のとおりであると認めることができる。)
一 争点1(本件手術に至る経緯等)について
1 本件診療契約の当事者について
(一) 証拠及び前記争いのない事実によれば、次の各事実が認められる。
(1) 「コムロ美容外科」と称する美容外科の診療所は、東京、横浜、名古屋、大阪、宮崎に開設されているが、開設者はそれぞれ異なっており、本件手術当時の名古屋診療所の開設者は村石世志野医師であった。被告は「総院長」と呼ばれ、各診療所で診療を担当し、かつ、診療所の業務を指導・監督している(甲第二七号証、被告本人尋問の結果)。
(2) 本件診療契約締結の際、原告は特に被告を指名してカウンセリングを受け、特別料金(指名料)二四万円を加算して診療代金を支払って、被告の執刀で本件手術を受けた(原、被告各本人尋問の結果)。
(3) 原告が提出した手術申込承諾書のあて名は「コムロ美容外科総院長殿」となっている(乙第三号証)。
(二) 右認定の事実によれば、本件診療契約は原告と被告との間で締結されたものと認められ、この認定に反する証拠は措信し難い。
2 本件手術に至る経緯
証拠及び前記争いのない事実によれば、次の各事実が認められる。
(一) 頬・頸部フェイスリフト手術は皮膚を耳の方向へ引っ張って皺、弛みを取ることを目的とする術式である以上、耳の前に皮膚がたまり弛みが生じるため耳前部での皮膚の切開は避けることができない。そして、その結果、傷跡が残ることは避けられず、場合によっては傷口がケロイド化することもあり得、事後の処置及び時間の経過に伴って傷口が目立たなくなることはあっても、傷跡が消失するということはあり得ない(甲第一七号証、乙第五号証、被告本人尋問の結果)。
(二) コムロ美容外科は、本件当時「痛くない、腫れない、傷跡が残らない」の「基本三本柱」をキャッチ・コピーとし、それに基づいてテレビ、雑誌、被告自身の著作等を通じて宣伝活動を展開していた(甲第一九、第二〇号証、原告及び被告各本人尋問の結果)。
また、右の原則に基づき、被告の指示によって作成されたコムロ美容外科の電話相談マニュアルでは、右の基本三本柱を頭に入れて応対し、予約を取るために、手術の利点のみを説明すればよく、きちんとした説明は患者が来院した際の医師によるカウンセリングに任せればよいこと、フェイスリフト手術の電話相談に際しては、頬や首の弛みや皺は耳の後ろをそれぞれ引き上げて改善する、傷跡はすべて髪の毛に隠れてしまう部分から行うので目立たないという説明をすることといった指示がなされており、実際の電話相談においても、傷跡が残らない、あるいは術後一か月で完全に消えていくという趣旨の説明が行われていた(甲第三号証の一、二、第二二号証、被告本人尋問の結果)。
なお、この点、被告本人は右基本三本柱はバスト形成に関するキャッチ・コピーであり、フェイスリフト手術には当てはまらないとの趣旨の供述する。確かに、甲第一九号証のバスト形成に関する被告の著作には右基本三本柱が記載され、甲第二〇号証の脂肪吸引に関する著作には右の記載はない。しかしながら、甲第一九号証によると、右基本三本柱は「コムロ・メソッド」あるいは「手術革命」の内容をなすものと理解されることは明らかであり、「コムロ・メソッド」、「手術革命」なる用語はバスト形成以外の手術分野の宣伝にも用いられていること(甲第二〇、第二一号証)からすれば、通常人にとって右基本三本柱がバスト形成術に限るものと理解するのは容易ではないから、被告の右供述は採用できない。
(三) 原告は、日本舞踊西川流の師範であり、平成一〇年四月当時、約六〇人の弟子に対し、月額一万円の月謝をもって日本舞踊を教授していた(甲第七号証の一ないし一三、第一二号証の一ないし一七、第一四号証、原告本人尋問の結果)。
(四) そのころ、原告は、日常生活を送るに際しても、日本舞踊の師匠としても、その容貌に関して特段の不都合を感じたことはなかったが、笑い皺や、首、顎のところの皺が気になり出していたところ、知人から美容整形手術を受けて綺麗になったという話を耳にし、少しでも綺麗になりたいと考えて美容整形手術を受けることを決意し、幾つかの美容整形医院に電話相談をしたが、いずれも、傷跡は目立たなくなるが残るという説明を受けたため受診を断念した(原告本人尋問の結果)。
(五) その後原告は雑誌広告で知った名古屋診療所に電話し、皺取り手術をしたいが、傷跡は残るかと尋ねたところ、応答したカウンセラーは傷跡は残らないと返答したので、被告を指名してそのカウンセリングを受ける予約をした(原告本人尋問の結果)。
(六) 原告は、平成一〇年四月一八日、被告のカウンセリングを受けるため名古屋診療所に赴いたところ、受付で手術申込承諾書(乙第三号証)に記入を求められた。同書面の下段には、注意事項として、手術の結果には個人差があり、手術の傷の治り方や腫れのひき方などは各人各様であること、主観的な一〇〇パーセントの出来映えを求めるべきでないこと、手術の結果を絶対保証することはできない旨が記載されていたが、原告は記載内容を確認したものの、内容について特に具体的な説明は受けないまま、右書面に住所、氏名等を記入、押印して提出した(乙第三号証、原告本人尋問の結果)。
(七) カウンセリングに際して、被告は、原告に対し、手術の費用、日帰りが可能であること、一週間後に抜糸がなされること及び本件手術の切開部位についてカルテに簡単な図を書いて説明した(乙第一号証、被告本人尋問の結果)。
なお、この点、原告本人は、乙第一号証記載の図を用いての説明は受けておらず、切開部位についての説明は一切なかったと供述するが、乙第一号証の記載に照らして直ちに措信し難い。
(八) 右カウンセリングの際、原告は、手術によって傷跡が残るかどうかという点について最も関心を抱いていたので、被告に対し「傷跡が残りますか。」と質問したのに対し、被告は「大丈夫ですよ。」と答えたにとどまり、傷跡が残る旨の明確な説明をしなかった(原告本人尋問の結果)。
この点、被告は、傷跡が目立たなくなるという趣旨を述べたにすぎない旨供述するが、この点が原告にとって最大の関心事であり、傷跡が残るとの説明を受けたならば原告は本件手術を受けなかったと認められることからすれば、直ちに措信し難い。
(九) 以上のような説明を受け、原告は被告の執刀で本件手術を受けることとし、本件診療契約が締結され、それに基づき本件手術が行われたが、その結果、原告の左右のこめかみ少し上の側頭有髪内から、耳前部、耳垂部、耳介後部にかけて術後の瘢痕、ケロイドが残った。右瘢痕は、今後形成術を施したとしても目立たなくなるのみで、なくなることはない(甲第二、第五、第六号証)。
二 争点3(説明義務違反)について
前記各認定事実に基づいて、被告の説明義務違反について検討する。
1 一般に、手術等の治療行為は患者の身体に対する侵襲であるから、手術の施行に当たっては患者の承諾を得ることが必要であって、医師は、患者に対し、その手術の方法、どの程度患者の状態が改善されるか、手術の危険性や副作用が生じる可能性について十分に説明し、患者において、これらの判断材料を十分に吟味検討した上で、手術を受けるかどうかの判断をさせるようにすべき注意義務がある。ところで、美容整形手術は、疾患の治療を目的とする本来的な医療行為と比べて一般に緊急性や医学的必要性に乏しい場合が多く、とりわけ、本件手術のように、顔面など衣服に隠れず比較的人目に付きやすい箇所に手術を施す場合には、美容整形手術が患者の主観的な満足を主たる目的にするものである以上、手術後に傷跡が残存するかどうか、残存するとすればどの程度のものになるかが患者の最大の関心事となることは明らかであるから、この点を十分に説明しなければならない。
加えて、前記認定の事実のとおり、被告は、本件当時自らの美容整形手術について、テレビや雑誌等を通じて傷跡が残らないことを含む前記基本三本柱に基づく宣伝、広告活動を展開し、電話相談の受付でも手術による不利益の説明は事後の医師によるカウンセリングに任せ、電話相談の際には、右基本三本柱を中心とした説明をするように指示していたのであるから、被告としては、これらの記事、電話相談内容を信じ、傷跡が残らない美容整形手術を受けることができると信じてコムロ美容外科を訪れ、被告の治療を受けようとする患者が多数に上ることは、当然予想していたはずであるし、むしろそのようにしてひとまず患者を勧誘するという経営方針がとられていたことが認められる。
してみれば、被告が医師として患者にカウンセリングを施す際には、宣伝記事には載っていない治療効果の限界や危険性、傷跡の残存の有無・程度など、被告の指示によって行われた宣伝、広告活動によって患者が被告の治療に対して抱いた過度の期待や誤解を解消するに十分な説明をすべき注意義務がある。
そして、原告も、前記認定のとおり、被告の指示によって行われた一連の広告活動等によって、傷跡の残らない美容整形手術を受けることができるという過度の期待を有して被告のカウンセリングを受けたことは明らかである一方、被告がそのことを予想していたこともまた明らかであるから、カウンセリングを施し、施術に当たる予定の被告としては、原告に対し、原告が抱いているであろう過度の期待、誤解を解消し、緊急性、必要性のない美容整形手術についてこれを受ける必要があるかどうかを判断するに足りる十分な情報を提供し、説明をする注意義務があったというべきである。
2 前記認定のとおり、被告は平成一〇年四月一八日の原告に対するカウンセリングの際、手術による傷跡については、「傷跡が残りますか。」という原告からの質問に対し、「大丈夫ですよ。」と答えたにとどまり、明確に傷跡が残存する旨の説明をしなかった。
また、乙第三号証の記載は、定型文言が印刷されているのみであって、原告は、受付の段階で指示され、内容を確認した上で右書面に署名したものの、具体的な説明は受けていないところ、前記のとおり過度の期待をもって被告を訪れた原告に対する説明の方法としては書面を交付するのみでは不十分であるといえるし、その記載内容についても、傷跡について「腫れ」のひき方の説明があるのみで傷跡が残ることは明確にされておらず、不十分である。
3 以上によれば、被告は、原告に対し、本件手術によって傷跡が残ることの説明をしなかったことが認められ、これに前示の美容整形手術の特質を併せ考えると、被告には、原告が本件手術を受けるについて、過失により必要な判断材料を提供しなかった説明義務違反があったというべきであるから、被告が行った本件手術は原告に対する不法行為を構成するというべきである。
三 争点4について
1 治療費
前記認定のとおり、被告が、原告に対し、明確に傷跡が残る旨の説明を行っていれば、原告は本件手術を受けなかったと認められるから、原告が本件手術に対し支払った診療費合計一六四万八五〇〇円は、被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認めることができる。
2 将来の治療費
甲第五号証によれば、本件手術による傷跡は、再手術を行ったとしても目立たなくなるのみで消失することはないと認められる。
そうすると、右傷跡が将来の治療によって回復するとはいえないから、右治療費を被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認めることはできない。
3 逸失利益について
原告は、本件手術により傷跡が残存したために、日本舞踊の指導を休業せざるを得なかったとして、休業損害を請求する。
しかしながら、本件傷跡が残った場所は、左右の耳の周囲、あるいは髪の生え際であって(甲第二号証)、必ずしも一見して人目に付く箇所とはいえず、これによって直ちに日本舞踊の師範としての業務に支障を来すものとは認められない。もっとも原告は、瘢痕を弟子にさらすことによる精神的苦痛と治療の必要から休業せざるを得なかった旨主張するが、日本舞踊師範という職業の性質にかんがみても、本件不法行為と休業との間に相当因果関係があるとは認められず、原告の主観的な苦痛は、慰謝料算定の一事情として考慮するのが相当である。
4 慰謝料について
前記一2「本件手術に至る経緯」において認定したとおり、原告は、コムロ美容外科の雑誌広告や電話カウンセリングによって、被告が施行する美容整形手術においては傷跡が残らないと信用し、期待して被告のカウンセリングを受けたものであるところ、被告自身からも適切な説明がなされず、十分に本件手術の結果について検討する機会が与えられないまま、本件手術を受け、そのため消失することのない傷跡が残存するという結果に至ったのであるから、これによって原告が強い失望感を抱き、重大な精神的苦痛を被ったことは容易に認めることができる。
そこで右認定の事実その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると、原告の被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、二五〇万円をもって相当と認める。
5 弁護士費用
被告の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、四一万円と認めるのが相当である。
四 結論
以上のとおりであるから、原告の請求は不法行為に基づく損害賠償として合計四五五万八五〇〇円及びこれに対する不法行為(本件手術)の日である平成一〇年五月五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六四条本文、六一条、仮執行宣言につき同法二五九条一項を適用し、仮執行免脱宣言の申立てについてはその必要がないものと認めこれを却下することとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西尾進 裁判官 中園浩一郎 裁判官 横井健太郎)